Greeting
1948年(昭和23)、先代が本山町で創業した「藤本商店」がFBグループの始まりです。その前には祖父が小さな八百屋をやっていたそうですが、くわしいことは分かっていません。簡単に歴史をお話しすると、1953年(昭和28)に果実の仲卸業に参入し、以前の田崎市場に商店を開設しました。1962年(昭和37)には「株式会社藤本果実」を設立。現在も主力商品であるバナナの着色加工を始めたのがその翌年です。「株式会社藤本物産」に名前が変わったのが、1980年(昭和55)。それから次のステップを目指すため、株式会社フジモトホールディングスは藤本物産を核としながら、フレッシュ工房、フレッシュダイレクト、ケイ・エフ物流・中村屋の5社を「FBグループ」として組織し直して、現在に至ります。
私が会社に入社したのは18の終わり。その頃は会社とは名ばかりで、本当に家業でやっているような状態でした。お客さんといえば、八百屋さん、果物屋さん、商店がメイン。スーパーもない時代のことです。ところが入社3年目くらいからスーパーが出来始めて、これから「商売の流れ」が大きく変わると思った。お客さんの担当者の若返りも始まってきました。それまでは親父が先陣を切って会社を動かしていましたが、思い切って「親父、俺に任せてくれないか」と言ったんです。21の時でした。ものすごく怒られましたね(笑)。
ところがその日の午後になって、「これは誰々に聞け」「この件は誰々を訪ねろ」と、いきなり引き継ぎを始めたんです。それっきり、親父は商売から手を引きました。結果として、これが藤本物産の大きなターニングポイントになった。この親父の「潔さ」を見ていたから、私も今はあまり若手に口を出さないんです。早いうちから若手社員に権限を持たせているのも、この経験があったからだと言えるでしょう。
青果の仲卸業は、消費者の食生活に欠かせない青果物を安定的に供給するという社会的役割を担っています。私たちも、市場に集められた野菜や果物を買い付け、それをスーパーや小売店に販売するのが当初の役割でした。時代のニーズに合わせて業態を進化させ、今では仲卸という枠を超えたリーディングカンパニーとして成長を続けています。現在は熊本の台所と言われる田崎市場の一角に本社を置き、株式会社フジモトホールディングスは藤本物産を核としながら、フレッシュ工房、フレッシュダイレクト、ケイ・エフ物流・中村屋の5社を「FBグループ」として展開。生産・流通・販売まで一貫したフロンティアを構築している青果企業は、全国でも類を見ないのではないでしょうか。
青果を売るときに、よく「顔が見える」というフレーズを使いますよね。当社も、自分たちで作って自分たちで加工するという「一貫体制」が強みです。この生産の機能と製造の機能をマッチングさせたビジネスは、もっと広がっていくと考えています。常に社員に話しているのは、値段に左右されない「付加価値」をつけること。そして、「新しい青果の流通の仕組みを考える」ということ。加工、生産、製造…ある程度のサービスは当社で提供できますので、同業他社にできない「総合力」で勝負をしていきたいですね。
■ 青果物のトータルコーディネートを通じ、「食」を支えるリーディングカンパニーへ。